神奈川12区の阿部ともこさんを応援しよう
高市政権の暴走を止めるには神奈川12区では阿部ともこさんんの力が必要です。
阿部ともこさんを選んでください。
平和を守ることを第一に行動しています。
命が大事です。
戦争に向かう政治をとめるためには阿部ともこさんは日々頑張っています。
夜遅くまで、そして朝も早く、街頭でスピーチして、そしてチラシもみずから配り、
人にやさしい政治を訴えています。
戦争に向かう政治をとめてほしい。阿部ともこさんを再び国会へ送りましょう。



冬のひまわり
寒川町の川とのふれあい公園に冬のひまわりが咲いています。

行ったときはまだひまわりは満開ではなかったのですが、富士山もみえていました。
先日、NHKの「映像の世紀バタフライイフェクト」の「昭和の文豪」をみました。
三島由紀夫が市谷の自衛隊本部で憲法改正を訴えて、割腹自殺をした事件を改めてみました。
三島由紀夫は今の憲法は自衛隊がないがしろにされている。それでいいのか。
自衛隊を憲法に書き込むよう、憲法改正を訴えて、ともにたちあがろうと自衛隊員に訴えたのです。だれも俺といっしょに立ちあがるものはいないのか、と訴えたけど、
彼についてくる自衛隊員がいないのを知って、
日本の未来を思うと絶望だといって、自殺したのです。
当時、私は彼の思いなどわかるはずもなく、自衛隊を憲法にもりこむなんて、とんでもないことだと思ったのです。
それから55年たった今、私は立場は違うけど、三島由紀夫と同じ、日本の未来に絶望を感じています。
三島由紀夫があのとき望んだ自衛隊を憲法にかきいれようとする総理がまた現れて、
非核三原則すら見直そうとしています。
このまま、戦争のできる国になっていいのか。
戦争を始めるのは、市民ではなく、政府、総理大臣なのに、
このままこの総理のまま、戦争を煽る総理のまま、日本は突き進んでいっていいのか。
憲法改正に反対する若者はいないのか、と路上で訴えても、だれも私の思いに耳を傾けようとするものはいないだろう。
日本に未来に絶望を感じる。
あの日の三島由紀夫はこんな思いで死んでいったのだろうか。
あれから55年。日本は変わってしまった。

大阪へ
学生時代の友達3人と年に一回、会っている。
新幹線の中から見た富士山。
一眼レフのカメラは重いから(腰に負担)、コンデジで撮ったけど、やっぱり重くても
富士山なんだから一眼レフをもっていくべきだったとできあがった写真を見て思った。
でも背負って、歩くと腰に負担がかかる。

新富士の駅を過ぎたあたり。

三泊四日の大阪で、一日だけ誰とも会わなかった日。奈良の唐招提寺に行った。
奈良は京都ほど外国人が多くなく、唐招提寺はびっくりするほど静かだった。

唐招提寺の金堂

とこどどころ紅葉していた。

旅している間も世間は私の思いとは別の方向に動いていき、私は極々少数派になっていっている。
頑張れ、頑張れ、民主主義!と心で唱えるだけではどうにもならないけど。









